『仮面ライダーギーツ』全話完走しました。
『ゼロワン』、『セイバー』、『リバイス』と製作面で平成ライダーのノウハウがキチンと活かされてなかったり、大人の事情で片付けるには大きすぎる問題が続いたりともう令和ライダーへの気持ちが冷めかけていた時にスタートしたのが『ギーツ』である。
ライダーのチーフプロデューサー4作目となる武部直美Pとライダー3回目のメインライターでエグゼイド以来全話脚本担当した高橋悠也氏の脚本という布陣。
その甲斐あって令和ライダーの中では1番といっていいくらい比較的ちゃんとしている作品だった。
また平成2期以降のライダーの問題点にも一石投じた意欲作でもあった。
まず挙げられるのが、平成2期以降悪い意味で恒例となっているクリスマス商戦用のライダー派生フォームのおびただしい数。
登場させてから片手で数えられるくらいしか登場しないフォームを、両手で数えきれないくらい個数を出してくるのである。
製作陣も明らかに持て余しているのが伝わり、尺と予算を圧迫しクリスマス商戦の売上を稼ぐためだけの存在でしかないのが多数だ。
クリスマス超えたらまるで存在しなかったかのように出てこなくなるのが大半だからだ。
以上の問題を『ギーツ』は派生フォームを全員共通で使うという方法で見事に捌いたのである。
マグナム、ブースト、ゾンビ、ニンジャ、ビート、フィーバー、レイジング。クリスマスまでの1クール目だけで大型バックルをこれだけ出している。
だが、ライダー1人1人に基本フォームという形で与え、ブースト、フィーバー、レイジングは強化フォーム扱いで出すことで持て余すフォームの数を極力少なくした。
特に序盤から中盤にかけて切り札的存在のブーストとバッファ強化フォーム扱いで終盤まで登場したフィーバーは印象的だ。
玩具ギミックのリボルブオンも死に設定にならず最終回までちゃんと出していたのは素直に褒めたい。
次に1年間の構成だが、特に最近は怪人に使える予算が少なすぎて1人の敵ライダーや戦闘員だけで半年近く無理やり引き伸ばすケースも多い。いわゆる中弛みだ。『ビルド』のエボルトが悪い意味で印象的。
怪人を倒せないのでずっと同じことの繰り返しになりストーリーも牛歩レベルでしか進んでいないことも多い。
『ビルド』でいえばエボルトを倒せば全て終わるのに、倒す敵がエボルトしかいないから延々と倒せないまま尺を使うようなものだ。
そこで『ギーツ』はデザイアグランプリなどで定期的に舞台を半ば強制的にチェンジするという方法に出たのである。
こうすることで定期的に物語の山場と終わりを儲けることが出来て作品の空気を変えることが可能になった。
これは高橋悠也氏の手癖とも相性がよく、登場人物同士の掛け合いの矛盾や綻びなども無かったことにできる利点もある。
『ゼロワン』の時は舞台を変えられなかったので最終的に脚本面で酷いことになった。
『エグゼイド』の時はライダーが医者という性質上患者のオペに集中さえしていれば物語や登場人物の積み重ねの破綻が目に見えにくいというものだったので、『ギーツ』はそれに近い。
定期的に舞台設定を変えることが出来たおかげで1年間大きな破綻が無かったのは進行上大きいと考える。
また、ライダーの数も上手く捌けていた印象だ。
放送前から多人数を売りにしていたが実際は4〜7人を行ったり来たりしていた。
これは元祖多人数ライダーである『仮面ライダー龍騎』と同等の水準だ。
実際登場ライダー自体は30人を超えていたが入退場を繰り返していたことで持て余すライダーの数も極力抑えられていた。
その工夫は素直に褒めたい。
が、やはり根本的な問題点は解決されず、『ギーツ』が今のライダーの限界点であったのが露呈したと私は思う。
例えば、次作の『仮面ライダーガッチャード』は放送前で既に2ライダー(ヴァルバラドは魔進チェイサーのように後からライダーになる枠と推測)、5フォームが確定している。
さらに1クールごとに新玩具用のフォームが増えるので最低9フォーム、ライダーも確実に年明けには1人以上は増えるだろうからライダーは最低でも3人出る。
つまり既に3ライダー以上、9フォーム以上確定であるといっていい。
『ギーツ』と違い『ガッチャード』は今のところライダー同士で派生フォームを流用できる仕組みも設定もない。ガッチャードに新フォームが追加されていくたびに持て余すフォームが確実に増えていくのである。
そうなれば「『ギーツ』は派生フォームの扱いが良かったが、『ガッチャード』はダメだった。」そんな話になりかねない。
やはりライダーの数、フォームの数を減らすという方向に持っていかないと根本的な問題は解決できないと思うわけである。
バンダイも商売でやっているのでそんな簡単なことではないのは理解している。しかし、このままではいつか製作陣的にも玩具数の数とスケジュールに対応出来なくなる事態が来るのではないか。いや既に起きているのではないのか。
新進気鋭の脚本家やスタッフを呼んだとして、あまりに膨大な玩具数とその過密なスケジュールによって脚本的にグダグダになった例を『リバイス』をはじめいくつか見てきた。
もはやライダーの現場に慣れきったスタッフでなければまともに1年間やっていけないのではないかとさえ考えている。
もう一つ大きな問題は自主規制だ。
平成ライダー初期、白倉伸一郎さんがプロデューサーをやっていた頃はクレームが来ても白倉さんが受け止めていたという話を、脚本家の井上敏樹氏がよくインタビューで話していたのを聞いたことがある。
が、最近はクレームに必要以上に反応しているのか、やらなくなっている表現も多い。
怪人が人を犠牲にする描写、グロまでいかない簡単な出血シーン等等。
『ギーツ』放送当時、同時期に東映特撮Youtubeチャンネルにて『龍騎』が配信されていた。
『龍騎』はやはり思い出補正抜きにしても出来ることも多かったし面白かった。
正直『ギーツ』のやっていることはマイルドな龍騎でしかなかったと私は考える。
同時期に『龍騎』の配信をやっていたことで今の日曜朝の『ギーツ』はここまでしかできないのか。そう思わされたのだ。
時代の流れ、といえばそれまでだが。
もちろんギーツはギーツで令和ライダーでは初めて楽しませてもらった作品でもあるので高評価はしている。
ただ、それが令和ライダーの限界点なんだなという現実を思い知ったのも事実だ。
これから『ガッチャード』には期待したい。ここで書いた感想をいい意味で裏切ってくれるような作品になってくれればそれはもう大歓迎だ。
Vシネ『ギーツ』も見に行くぞ。
『仮面ライダーギーツ』ありがとうございました。