平成仮面ライダーシリーズ2作目『仮面ライダーアギト』全話改めて完走しました。
あの白倉伸一郎がプロデューサーを務め、あの井上敏樹がほぼ全話を執筆し、あの田崎竜太がパイロット監督を担当した、俗に言う白井田トリオによる最初の作品である。
『仮面ライダークウガ』の続編的な匂わせをしつつも実は繋がってないのを皮切りに、榎田さんっぽいキャラが序盤で死に、警察上層部はどうにも頼りにならなかったりと『クウガ』とは別物にするという意識は最初から感じられた。
その後のスタンダードとなったサブライダーの概念を恒例化させた作品でもありメカニカルな警察ライダーのG3と、生物チックな孤高のライダーであるギルスの登場によって、ライダー1人では起こし得なかった物語の化学変化を披露して見せた作品でもあった。
前作は模範的な主人公像の強い存在だった五代雄介とは対照的に、津上翔一は俗っぽいキャラに仕上がっていたのも特徴的。
美人にはデレデレしたり寒い親父ギャグ言ったり舐めた奴には煽ったりと、模範的な人間造詣になっていたこれまでの仮面ライダー主人公と比べると明らかに人間味が強く強調されるようになっていた。
この辺りは次回作以降の主人公にも受け継がれているので何気にブレイクスルーな要素だったことが分かる。
挿入歌を毎回のように流すというのも初だ。
前期は『BELIEVE YOURSELF』、後期は『DEEP BREATH』が披露されており、どちらも必殺技を繰り出す場面で流れていたのが印象的。
中でも最終回で再び『BELIEVE YOURSELF』が流れるのは盛り上がり所として抑えられておりツボを突く仕掛けであったと思うよ。(昭和ライダーの頃から挿入歌はあったがエンディング主題歌の代わりとして毎回固定で流されるものでは無かったのでここでは割愛する)
北條透という男
印象的な回はいくつもあるが1つ抜粋するなら19話を挙げる。
これまで散々G3ユニットに嫌味を言ってきた北條さんのメイン回である。
G3ユニットを丸々乗っ取る事も出来た筈なのに、アンノウンに見せかけて殺された被害者のトリックを暴き、良き先輩でもあった司龍二を自首させるという活躍は正直言って見直したよ。
この回を見て北條透という男は「嫌な奴」であって「悪い奴」ではないということを証明しているのが上手い描き方だと思ってる。
「嫌な奴」と「悪い奴」は似ているようで全然違う。「嫌な奴」には「良い人間」であることが内包されているが、「悪い奴」にはそれがないのだ。
もし北條透が「悪い奴」であったなら司龍二の犯行を見て見ぬふりをしてG3ユニットを私物化していたことだろう。
だが、彼はそれをしなかった。それこそが北條透が「嫌な奴」であって「悪い奴」ではないという何よりの証明になるのだ。
石田監督による演出も加わり終盤の北條パートではほぼBGMが流れず『BELIEVE YOURSELF』も戦闘シーン以外では一時停止されるなど徹底ぶり。
この回は井上敏樹の書いたホンの中でも上位に入る回だと思っているよ。
北條透は『アギト』のメインテーマではないものの、『アギト』を語る上で欠かせない登場人物だと思っている。
嫌みったらしく周囲を巻き込み自分のことを1番に考えるその姿は、等身大のリアリティある人間をよく描けていたのではないだろうか。
G3-X誕生編
22話〜25話に連なる2号ライダーの新しい姿G3-Xの誕生を描いたエピソード群である。
G3自体「メカクウガ」の意味合いが強く「未確認生命体」なら倒せただろうが、「アンノウン」相手では最初はボロ負けするレベルの強さという塩梅である。
改修を経る度に強くはなったが、イマイチ勝率が伸びず作品前半は渋い活躍に終わっていた。(唯一の白星が4話しかないのがその証拠)
暴れ狂うギルスに中破させられたことが警察上層部への決定打になったのか、そのまま新しいシステムのコンペに入ることになる。
対抗馬のV1システムは悪くはなかったものの決定打となる魅力と実力がなかったからか中破させられた後そのままお流れになっていた。(デザインは好きなんだけどねえ)
そして小沢澄子の考えたG3-Xの登場である。
これはG3の性能をはるかに向上させただけでなく、理想的な動きを装着者に促すAIが搭載されている。
だがこのAIはシステムとしては完璧だが、人間が使うにはあまりに窮屈な代物である。
実際初期の段階で氷川誠では体がボロボロになるくらいで、唯一使いこなせたのは津上翔一1人というのが結果を物語っている。
そこから尾室の説得、高村教授の作った制御チップの存在、何より氷川自身の尽力により、小沢さんの心境に変化が現れたことで、G3-Xはようやく「ただの人間」に使いこなせる範疇に収まるダウングレードに成功するのである。(これは後に『響鬼』の装甲声刃で形を変えて展開されている)
25話での本当の意味での初陣が感慨深かったのを覚えているよ。
個人的にこの22話〜25話の一連のエピソードが『アギト』作中で1番好きかもしれない。
そしてそこからの快進撃もよかった。
23話の初陣を皮切りに最終回までの間8体の撃破(単独・合体含め)に成功しており、G3の頃とは比べものにならない撃破数と言えよう。
中でも最終回の地のエル(&風のエル)戦は特に印象的。
2対1のハンデにも関わらずシャイニングカリバーさえも切り落とす敬虔のカンダをGK-06ユニコーンで真っ向から受け止め、恐れ慄き問いかける地のエルに「ただの...人間だ!」と啖呵切る姿はこれまでの氷川誠とGユニットの活動を見てきたからこそ感慨深くなるシーンでよかったよ。
『アギト』のやりたかったことの1つとして、ただの人間がアギトと同格にエルロードに渡り合えるようになるまでの話だと考えれば、人間自身の知恵と勇気を結集すれば神と同じ領域に到達できるという「人間讃歌」の物語だったと言えよう。
ただの人間で無くなった者の悲哀
氷川誠とは対照的にただの人間で無くなったことで人生が一変した者、それが葦原涼である。
ギルスへと覚醒したのを皮切りに、夢であった水泳選手の道は絶たれ、恩師には見放され、元カノとは縁を切られ、境遇の似た仲間だと思った者からは殺されかけ、親しくなった女性は目の前で自害させられてしまうなど苦難の人生を歩むことになった。
涼がこれほどの人生を送ることになったのは、『アギト』のテーマの1つとして「ただの人間でなくなった者=改造人間の悲哀」を描いていたと考えている。
『仮面ライダー』が『スパイダーマン』から着想を得ている部分は多い。
例えば、「大いなる力には大いなる責任が伴う」という文言であったり、敵になってしまった友人(ライミ版のハリー・オズボーン)や恋人の死(『アメイジング・スパイダーマン2』のグウェン・ステイシー)といった苦難の連続の描写が挙げられる。
『仮面ライダー』では初代から悪の組織によって不同意な手術を受けて改造人間となってしまった悲哀が描かれていた。
力加減が分からず、蛇口を捻り潰してしまったり、握手した子供を痛がらせてしまったりと、実生活でも人間として生きづらさが強調されていた。
当然悪の存在と戦う力を持っているが故に普通の人生を送れなくなったしまった側面は大きい。
望んで得た訳ではない力で人生が変えられてしまった、そんなただの人間で無くなった者の悲哀もまたヒーローの宿命であり、見る上での醍醐味だと言えよう。
そんな涼と対照的に描かれていたのが木野薫であると考えている。
涼が「力を持ってしまったことで人生が変わった」なら木野は「人生を変えるために力を得ることが出来た」とは捉えることが出来るのではないだろうか。
木野は弟を雪山の遭難事故で喪っている。
その境遇から人を救うことこそが自分の生きる意味だというある種のメサイアコンプレックスに陥っており、そのための手段として闇医者を行ってきた男である。
アギトへの覚醒も43話の真相開示こそ悲劇的に見せられたものの、そのことを自分で嘆くといった姿勢は見られなかったと思う。
「アギトは俺1人でいい」というセリフからも分かる通り力の所有者は自分だけであるべきという考えが出ている。
そんな木野に転機が訪れたのが44〜46話であろう。
以前から兆候はあったものの、アギトの力を失ったことで自分を客観的に見れるようになったのか、翔一の緊急手術をしたり、生身の人間を身を挺して庇ったりするなど変化が見られるようになった。
そして46話のラスト、生身の時に負ったダメージが元で力尽きる木野。雅人を救う夢を見ながら死んでいくのが木野にとっては最高の救いになるというのが良い。
使命に駆られ、自分のために力を使い最後は死んでいく、要点だけを見ると木野は涼とは対照的なキャラであったと言えるだろう。
仮面ライダーの概念の再構成
そして最後に紹介するのが主人公の津上翔一である。
彼は26話-27話・42話〜最終回以外は記憶喪失になっている。
そのことで従来人間が持っている世俗のしがらみや悩みから離れ、仙人のような境地や戦い方をしていた。(振る舞いは俗そのものだが)
これは私の解釈だが、彼は記憶を無くしたことで人類の平和と自由を守り奉仕する「仮面ライダー」という存在に成立したのではないだろうか。
実際記憶喪失中の彼は導かれるままに、アンノウンに襲われる人々を守る存在として描かれていた。
記憶を取り戻してからはアンノウンとは何者か問い詰めたり、姉の死の真相を知りたがったり、真魚の心無い言葉に傷ついたりと人間らしい一面が強調されていたくらいだ。
白倉Pと井上敏樹氏がどこまで意図的に描いていたかは定かではないが、「仮面ライダーの概念を再構成」した存在として津上翔一=仮面ライダーアギトは成立していたと思う。
記憶こそが人を形作るという考え方は後の白倉プロデュース作の『仮面ライダー電王』に受け継がれている。
桜井侑斗の記憶に関する一連のエピソードはある意味津上翔一が由来していると言っても過言ではないのではないだろうか。
意識して描いていたかは微妙なところだが、似通った点があるところは間違いなく共通点であると思っている。
話を戻すが、記憶を失っている間の仙人のような超越的なキャラ性と、記憶を取り戻した後の人間らしく悩み苦しむ人間臭さの両面を併せ持つ津上翔一こそがその後の白倉Pライダーの骨組みになったと考えている。
白倉ライダーの登場人物はどれも魅力的だが、その中でも津上翔一は、突き抜けた魅力があると考えており、なんだかんだ1番好きなキャラだと言えるよ。
これにて『仮面ライダーアギト』の振り返りになります。
抜き身のナイフと評された頃の白倉Pが、『クウガ』で得られた新たな仮面ライダー像を自分流に染め上げて後の「平成ライダー」像を築いた作品であった。
サブライダーの導入や定番の挿入歌など、今となってはお馴染みの要素を導入したことによる、その後に与えた影響は大きい。
相対的に『アギト』独自の特徴が薄くなるくらいに「平成ライダー」そのものが充実したことはシリーズ化という意味においてはむしろプラスになったと言えるのでないだろうか。
25周年企画や『超能力戦争』の公開を皮切りに『アギト』が改めてポジティブに評価されるようになったのは素直によかった事だと思う。
『仮面ライダーアギト』はこれからも大好きな作品です。
前作『クウガ』の追憶はこちら
https://kuroganetukasa.hatenablog.com/entry/2026/05/04/200550
『超能力戦争』の感想はこちら
https://kuroganetukasa.hatenablog.com/entry/2026/04/30/122152


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